音楽と資本主義
翻訳家にしてアイリッシュミュージック愛好家でもある大島豊氏のクラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)というblogに、 商業用レコードと題された文章がありました。輸入権問題にも触れられてはいますが、もっと大きな視点を同時に含んでいて考えさせられました。
実際、CCCD問題にしろ、海外盤輸入禁止問題にしろ、「音楽は商品である」という枠組みの中だからこそ問題になるわけです。レコードコレクションなんていう営みは、そういう意味では資本主義なくしてはありえないわけで。
レコードは商品ですが、レコードに収められた音楽は、なかなか”商品”と呼ぶのに抵抗がある場合が確かにあります。
少し前にレーベル対P2P業界、舌戦の勝者はパンクロッカーというタイトルのニュースがありました。イアン・マッケイというミュージシャンの発言が最も聴衆の心をとらえたという記事。それをちょっと思い出したりもしました。
さらにマッケイ氏は、音楽の配布に関する歴史を簡単に振り返った。「音楽は言葉より古くから存在している。かつて人々は音楽の演奏を聞くために外に出かけていた。料金が支払われる場合もあれば、支払われない場合もあった。そして世紀の変わり目には、音楽を録音するという画期的な技術が発明された。そしてすぐに、こうした音楽の市場が生まれ、その後こうした市場で金もうけをするためのビジネスが確立した。人々から音楽を取り上げることはできない。音楽は空中に広まっているのだから」とマッケイ氏が話すと、聴衆からは多くの喝さいが沸き起こった。
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