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2004.05.07

知的財産推進計画の見直し

知的財産推進計画の見直しに関する意見募集の締切が今日の夕方です。大急ぎで書き上げて送りました。


知的財産立国のために

日本が今後知的財産に大きくシフトした経済政策へと向かうべきであるとの総論に関しては異論はありません。ただし、「知的財産による立国」とはどういうものか、またどうあるべきかという点に関しましては、現在とりまとめられている計画にはいささか異論があります。

全体の中で実情にそぐわず、またバランスを欠くと考えられますのが保護に関する取り組み方です。知的財産とは、「知的活動により生み出されるアイディアや情報」のことですから、知的財産の総量を増やそうと思えば、まずは知的活動を促進する必要があります。ところが、保護という対応方法は、むしろ知的活動を抑制し、衰退させる結果となる可能性を大きく内包させています。

例えば、映画に関して保護期間を50年から70年に延長するようなことです。あまりにも長期に渡る著作権保護は、むしろ作品自体の流通を妨げ、いわゆる「廃盤」状態の長期化をもたらす可能性があります。アメリカではディズニー作品の著作権期間が切れそうになるたびに保護期間の延長が続けられていますが、こうした一部著作権者の利害のみを優先した法的措置は、業界全体としては衰退もしくは寡占化をもたらします。ですから映画を例に取れば、むしろ保護期間を10年から20年程度とし、以後の自由流通を促す方が映像・映画の鑑賞者および制作者に取っては全体利益を増大させると考えられるのです。

また書籍に関する貸与権につきましても、現在創作活動中の創作者にとってみれば、レンタルコミックからも収入が得られることは短期的なプラスだとは思われますが、鑑賞者にとっては作品に触れる機会を減少させる方向にも働くことを忘れてはならないでしょう。特に現在著作権法改正案として提出されている法案では、コミックのみならず「雑誌・書籍」を対象としていることで、いわゆる私設図書館にまで影響を及ぼす内容となってしまっており、一部業者を利する一方、鑑賞者が作品に触れる機会を減少させてしまうことが危惧されるのです。

レコード輸入権に関しては、これもまた知的財産推進計画に掲げられた理念と大きく乖離した法案が提出されてしまっています。国内アーティストの「還流CD防止」を法案趣旨としながらも、実際の法文では広く海外において生産された音楽CD、レコード全てに対する輸入規制を可能としてしまっています。基本となるべき知的財産推進計画から大きく外れた法律が仮に成立してしまえば、推進計画自体が頓挫するだろうほどの乖離です。

特にレコード輸入権問題に関しては、私個人も関心が高かったことから、参議院における審議中継等を全編に渡って視聴しました。その結果、答弁で繰り返される法案趣旨と、実際の法文の乖離についてはほとんど検討がなされないままに終わってしまっていることが見て取れました。また文化庁および日本レコード協会からは「欧米のいわゆる5大メジャーからは、法案成立後もCD輸入制限を行う意向はないと聞いている」との発言が繰り返されてきました。しかし参議院通過後に明らかになった情報によれば、2003年12月に集められたパブリックコメントに対して、全米レコード協会がコメントを寄せており、そこでは「並行輸入の制限に関する法律の制定を強く望む」との内容が明記されていました。このパブリックコメントについては、賛成・反対意見の合計数のみが公表され、内容がまったく公開されていないという異例の扱いとされてきました。募集要項での規程が甘いため、、同一人物が複数メールアドレスから投稿することが可能であるなど、組織票を容易に行うことが出来てしまう方法でコメント募集し、かつ内容については非公開というだけでも、募集意見を正しく扱っているとは言えませんが、その上実際に寄せられたコメント内容を隠匿するかのような国会答弁を行った事実だけでも、この法案は一旦廃案とし、再検討する必要があると言えるでしょう。知的財産推進計画自体に逆行する内容ですので、それが正当であろうと思います。

私的録音保証金制度に関しても、コンピュータ用CD-R媒体にまで音楽・映像保証金を加えようという案が出されたことがありました(昨年12月のパブリックコメント募集時の案)。これは音楽・映像に偏った保護であり、コンピュータデータの保管に使用する大多数の利用者にとっては多大な負荷となってしまう可能性がありました。この例にも見られますように、法律による保護は一面的になりやすく、結果としてより大きなマイナス効果を発揮してしまう可能性を秘めています。こうした点からも、保護に対する取り組みには慎重な上にも慎重であって欲しいと考えます。

中古ゲームソフト等の流通に関しましても、中古流通を制限することで、一見製造者の利益を増加させることが出来るようにも思えます。しかし実際の購入者にとっては、購入後のソフトを売却することで次のソフトを購入する場合も多いと考えられます。中古業者への売却処分が出来なくなれば、必然的に購入本数が減少することになります。また中古市場がなくなれば、今度は新品を購入する余裕のないユーザーも作品に触れる機会を失わざるを得ません。

そもそも消費者が新品ソフトを購入した時点で著作権料は回収されています。そして購入者の私的財産となったソフトウェアパッケージを処分する方法については購入者に権利があるはずです。正当に購入した財産を自由に処分することを制限することが正しい法的措置とは考えられません。自由に処分出来る権利を持てなくなった時点で、それは購入者にとって財産とは呼べないものになってしまうからです。これもまた、制作者にとってのみ財産であり、大多数の購入者にとっては財産とはいえない、という点で、「知的財産を推進する」という目的を実現することが出来ません。

主に私個人にとって関心の深い、文化的著作制作物について主に記してきました。最後に、専門的には詳しくないのですが、少々気になった植物新品種の保護について触れておきます。

これは主には品種改良による農作物を主眼とした部分かと思いますが、バイオテクノロジーを活用したいわゆる遺伝子操作作物についても包含する記述であるように見えます。遺伝子操作農作物は、主にアメリカ企業が開発し、全世界に対して盛んなセールス攻勢を掛けている商品です。これも一見知的財産であり、また経済的にもメリットがあるように見えますが、実際には人体および自然環境に対する悪影響が大変懸念されている分野です。例えば、種子を残さない作物のタネなどは、農業従事者が自分で作物を再生産することを許さず、毎年タネの購入を行わなくてはいけないというケースがあります。これはタネの販売者にとっては願ってもない状況かも知れませんが、農業という産業自体の否定であり、農民という職業の解体でもあります。またこうした不自然な作物は、土壌をも破壊する危険があることが指摘されています。

この例に見られるのは、短期的視野では経済効果が見込めるように思えても、実際には土壌・産業・産業従事者を破壊してしまうことにより、長期的には市場自体を失ってしまうという構図です。文化的著作物に関しても同様な観点が必要とされるでしょう。短期的に利益を得るための構造を作り上げたとしても、そもそも著作物を鑑賞することが出来る鑑賞者が育たなければ市場自体が消えていくことになります。短期的な保護政策により、市場や文化自体が衰退へと向かうことがあってはならないと考えます。よって、知的財産推進計画におきましても、創造の促進には大いに取り組んでいただきたいと考えますが、保護に関しては最低限のものに留めることが重要なポイントとなることに留意していただくように望む次第です。誤った保護政策は、推進ではなく衰退を招いてしまうからです。

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